2006年03月26日

仕事をいいわけにするな

 「仕事をいいわけにするな」
これまたごもっともな言葉で、やはり耳の痛い言葉であります。でもしたいですよね。どうしようもない時というのもある。
 こちらもバランス感覚なのだと思います。仕事と家庭と自分自身のプライベートと、どの部分で折り合いをつけるかということなのでしょう。
 気を付けないといけないなと思うのは、そもそも仕事に関わっている時間が一番多いということ。平日は通勤時間も含めると一日の半分以上を仕事で過ごしている方も多いでしょう。そこまでいかなくても、家族との時間や自分自身の時間と比べて、仕事に費やす時間が圧倒的という方は多いのではないでしょうか。それだけでもうすでに仕事偏重になっている。仕事中心に物事を考えてしまいがちになります。「私は家庭を大事にしたい」と思っていても、ついつい考え方が仕事中心になってしまうことがありませんか。
 一般的に、仕事をいいわけにすると、「仕事ならしかたない」と許してもらえる風潮があります。それに甘えてしまうのは、ある程度は仕方のないことなのかもしれません。しかしそれも度を過ぎると必ずどこかに歪を生じます。最悪の場合壊れてしまうかもしれません。
 もう一つ気を付けなきゃいけないと思うのが、共働きの場合、両親共に仕事中心になってしまうと、子供が置いて行かれてしまうということ。これは子供にとって悲劇です。いや親にとっても悲劇です。子供が一番かわいい時に、親の意識がよそに向いてしまっているのだから。子供や家族との関わりは、自分が考えている以上に積極的にとらないと十分ではないのだろうな、と感じます。
 自分の中の優先順位をしっかり決めて物事を判断しないと、知らず知らずのうちに、自分の本意ではない判断になってしまいます。その結果、自分も家族も誰も幸せでない、楽しくない、なんてことになったらそれこそ悲劇ですね。
 かく言う私はまだまだです。休日は「疲れているから寝かせてくれ」が多い。これもまた仕事をいいわけにしているのですね。でも本当に疲れているんだよ。どうすればいいのかな。
posted by 共働きのお父さん at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2006年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月25日

家庭に効率を持ちこむな

 「家庭に効率を持ちこむな」
私にとって、耳の痛い言葉であります。もともとこのブログの元となったウェブサイトは、「共働き家庭が子育て生活をするのに今の現実はあまりに厳しい。とにかく忙しすぎる。せめて家事や仕事の一つ一つを、できるだけ効率をあげて片付けてしまおう」という思いをきっかけに始めたものだからです。
 家庭に効率を持ち込むなとおっしゃる方の思いも分かります。効率ばかりでは味気ない、せわしない、人間味を感じない等の感覚をお持ちになっているのではないかと想像します。また一見無駄に見えるようなことにも意味がある、人生に「遊び」の部分を持つことも大事なのだ、ということも分かっているつもりであります。特に子供やパートナーとの関わり方を効率最優先にしてしまうと、きっととてもつまらないものになってしまうでしょう。家族がバラバラになってしまうかもしれません。
 とは言え、共働き家庭では自由になる時間が不足しているのも確かなことであると思います。だから何でもかんでも自由気ままにすれば良いというのも難しいだろうと想像します(できる方、その方法教えてください)。
要はバランス感覚なのだと思います。効率一辺倒と効率無視のどちらも極端に走ってしまうのは良ろしくない。効率を上げるべきところは徹底的に上げて、他に大事なことがあるときはそれを大事にする。

ビジネスの世界ではポジティブ思考が歓迎される風潮がありますが、ポジティブばかりではいずれ力尽きるそうです。やはりネガティブな部分も無視せずに受け入れる。両方の思考をバランス良く受け入れることが大事だという意見もあります。

 しかしバランス感覚が適当でないとそもそもバランスが取れない、という意見もあります。ではバランス感覚をつけるにはどうすれば良いのでしょうか。私は感性を磨くことであろうと思います。これは知識で手に入れることのできるものではない。感じることによってしか身につかないものではないかと。周りの人や自分がどう感じているか、楽しいのか、悲しいのか、のびのびしているのか、息苦しいのか、豊かな気分であるのか、貧困意識に囚われているのか、そういうことを感じながら感覚を磨いていくしかないのだろうなあと。

 みなさんはどうお考えになりますか?
posted by 共働きのお父さん at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2006年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

「する」こと、「できる」こと

 私達は何かを「する」時に、それが「できる」ことを期待しています。あたりまえです。出来ないことを期待して何かをする人はいません。しかし、その期待があまりに高くなってはいないでしょうか。できることを期待するのではなく、「できないといけない」という思いを持っていないでしょうか。
 目標を高く持つのは良いと思うのですが、あまりに高すぎると目標に押しつぶされてしまいます。特に仕事などで、「できなきゃいけない」と考えるあまり萎縮してしまい、結局手つかずのまま放置してしまった、なんてことはないでしょうか。
 私が誰かに新しい仕事をお願いするとき、「できる」ことはあまり期待していません。しかし「する」ことは期待しています。分からないなら質問してくれればいいから、とにかくして欲しい。失敗しながらでも「する」を続ければ自然に「できる」ようになるから。最初はトンチンカンでもいいから、とにかく手をつけて欲しいわけです。
この感覚は、言われた仕事をしているだけの時は分かりませんでした。「言われた仕事は完璧にこなさなければいけない」という想いを、実際私も持っていたし、できないときは途方にくれて時間ばかりが過ぎることも多かったです。自分が仕事をお願いするようになって、ようやく気がつきました。完璧に仕事をしてもらおうとするなら、お願いする方も完璧にお願いしないといけません。そんなことはまず無理です。とにかく分かる範囲で動いてもらって、分からなくなったら聞きに来て、というパターンになりがちなのです。十分に説明する時間を取れないこともありますし、相手のスキルをつかみ切れない場合もありますから。
 仕事にはいろいろな種類があるので、一概に言い切るのは難しいのかもしれませんが、「する」ことと「できる」ことを分けて考えてみてはどうでしょう。「できる」かどうかは分からないけど、とりあえず「する」。やってみる。分からなくなったら、分かってそうな人に聞けば良い。そう考えるだけでかなり気分は楽になり、自分一人で行き詰ってしまうこともなくなると思います。

 同時に、親としての私達は、子供が何を「する」時に、「できる」ことを期待します。こちらも同じことではないかなと思います。期待はしても良い。でも期待しすぎるのはどうでしょう。「する」ことと「できる」ことを分けて考えてあげたいなと感じています。
posted by 共働きのお父さん at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2006年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

子供が本を読んでくれました

 先ほど子供が本を読んでくれました。
 これまでは文章を読んでもひらがなを一文字ずつ読んでいるだけだったので、聞いてもよく分からないことが多かったのだけれど、今日は文節ごとにまとめて読める。「は」の読み方も「ha」と「wa」をちゃんと区別できている。感情も込められており、ストーリーがちゃんと分かる読み方ができるようになっていました。
 成長したなあと感動する一方で、感動できてしまう今の単身赴任生活を寂しくも感じた今日の出来事でした。
posted by 共働きのお父さん at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2006年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

身体からのメッセージ

 このところ会社の仕事で忙しくしており、体力が落ちているなあと感じてはいたのだけれど、ついにインフルエンザにかかってしまいました。
 業務スケジュールと年度末があいまって、また単身赴任という時間的な気楽さから朝早く出て、夜遅く帰る日々があたりまえ。生活のリズムも普段からは全く狂ってしまい、疲れがたまり、とれていない自覚はありました。しかし疲労回復をうたい文句にするサプリメントでなんとかごまかせていたつもりでした。実際疲労感は軽減していたのです。ローヤルゼリー、高麗人参、黒酢、養命酒など、無節操に飲んでいましたが、体の中にズシンと感じる疲労感は無くなっていた。「意外と効くものだなあ」と感心していたのですが、やはり体力・抵抗力は落ちていたようです。
 インフルエンザにかかったのは金曜日の昼頃。その日の午前中は建築中の建物の10階まで階段で登っていき、現場を確認して回ったほどだったのですが、昼食時からおかしくなってきました。まず食べ物の味がおかしい。もともと美味しさを期待する食堂ではありませんが、味がまったく違う。疲れているのかなと、昼食後自席に戻り休息していると、急に寒気に襲われ、顔が火照ってきました。その間ほんの5分〜10分程度。同僚にうながされ会社の医務室に向かう時には、もうまともに歩けない。なんとか医務室にたどり着いて検温すると39度。早速インフルエンザの検査をされ、そのままベッドに寝かされました。結局その日は午後の半日を医務室のベッドで過ごすことに。タミフルを処方されて帰宅。十分な薬を備えて置くことが難しい会社の医務室でタミフルをもらえるとは幸運でした。
 何日動けなくなるかと覚悟していたものの、翌日には微熱程度に。無理すれば出勤できそうです(しませんでしたが)。タミフルは効くと聞いていましたが、これほど効くとは驚きです。とはいえ足元はふらつき気味で、食欲もいつもほどはなく、本調子は言えない状態です。せっかくの週末ですが、休息日とさせてもらっています。週末はお父さんと遊ぼうと、いろいろ考えていた子供や、余計な用事の増えたパートナーには申し訳ないことになってしまいました。
 さて、この忙しい時期にインフルエンザにかかってしまいました。仕事に厳しい人からは「気合が足りない」、「健康管理がなってない」と叱られてしまうかもしれません。ただ私はこれは「少し動きすぎですよ」という身体からのメッセージかもしれないなあと思っています。「疲れがとれないなあ」も身体からのメッセージだったのに、私がそれをきちんと受け取らなかったため状態が悪化してしまった。このペースで動き続けると、もっと悪いことになるよと。かと言って、今ある仕事量がすぐに変わるわけでもないので、やり方を変えなさい、ということなのかなと感じています。実は今の仕事に加えて、新しいプロジェクトに2足目のワラジを履いて参画しなさいという話をもらっています。今考えると、それも今のやり方を変える時ですよ、というメッセージかもしれないなあと。
 ところで自分がかかっても、発熱するまでは分からなかったインフルエンザ。私のパートナーは子供のインフルエンザを「いつもとちょっと違う(2006/1/21)」でよく見抜けたものだと、あらためて感心しました。やはり母の愛は海よりも深い。
posted by 共働きのお父さん at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記_2006年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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